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立ち読み『百人一首配列考 七七はまにまに (全100頁)』(その1)

まにまに表紙


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中略というより ↑ ネット向きじゃないにつき伏せます

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百人一首への招待 (ちくま新書)百人一首への招待 (ちくま新書)
(1998/12)
吉海 直人

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まにまにの理由


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10-11


12-13


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ハレ・ケ・ケガレ―共同討議 (1984年)

住吉大社/よくある質問と用語集/「か」からはじまる用語

太平記 (4) (新潮日本古典集成)太平記 (4) (新潮日本古典集成)
(1985/12)
山下 宏明

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《立ち読みその2》に続く
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《立ち読み『百人一首配考 七七はまにまに』》のその2相当記事・・・元々は百人一首ニュースとして書いたものです

《先に"その1"をご覧ください》

穏やか新春、千葉県内にぎわう 初詣客、願いさまざま 成田山新勝寺 千葉日報ウェブ


成田山の初詣客は、例年明治神宮に次ぐ2位。↑記事によると、今年も298万人の人出が見込まれています。

えーっと、いちいち確認していると更新が終わりません。初詣客のニュースが古びてしまいます。

記憶で書きます。成田山の開山は、なんていったっけなぁ、なんとかっていう、えらい密教の大僧正です。この方は、宇多天皇のお孫さんです、たしか。

この宇多天皇のお父さんはというと、15「君がため春の野に出でて~」の光孝天皇ですね、ご存知のとおり。
光孝天皇
↑ 光孝天皇


つまり成田山は百人一首15番「君がため春~」歌人のひ孫にあたる大僧正の開山になるわけです(史実かどうかは不明。寺社が主張する由緒は、ほんとかどうか調べていたらキリがない)。

宇多天皇はというと、百人一首26番の貞信公の「小倉山峰のもみぢ葉心あらば~」の歌を詠ませた天皇(歌が詠まれた時点では既に宇多上皇になっている)。

このあたりの説明を今日ははしょらさせてください。たこ焼きと激安レモンサワー立ち飲みセンベロ(千円でベロベロ)状態。

で、成田山はというと、上記のえらい密教の大僧正がですね、平将門の乱の平定祈願の護摩を炊いたのが開山の起源になってます。

で、この平将門が京都在住時代に仕えていたボスにあたるのが、ぬぁんとこれまた上記の百人一首26番「小倉山峰のもみぢ葉~」歌人の貞信公。
貞信公
↑ 貞信公(藤原忠平)


百人一首24番「このたびは幣~」の菅原道真を陰謀で左遷したのは藤原時平(でもって道真に思い切り祟られたことは超有名)。この時平の弟が26番歌人の藤原忠平。百人一首の歌人表記では貞信公。

忠平の等方位外交の如才なさは、桁違いのレベル。兄、時平がおとしいれた菅原道真
菅原道真
↑ 菅原道真

と仲良し。時平の讒言を信じた宇多上皇の息子の醍醐天皇とも仲良し。

宇多上皇には歌を頼まれるくらいですから、ももちろん超友好な関係なわけです。

反逆者の平将門とも仲たがいしたわけではありません。

すごくないですか。こんな風に反目し合う皆と仲がいいんですよ。兄の時平、宇多上皇、醍醐天皇、菅原道真、平将門。これらぜーんぶと。

26番の忠平「小倉山峰の紅葉~」は百人一首の重要な鍵になる歌ですよぉ。

話がそれぎみかな?

もどそう。成田山の開祖の密教の大僧正は、71「夕されば門田~」の源経信の大叔父でもあります。74源経信は、子の74「うかりける」源俊頼、孫の85「夜もすがら~」俊恵と親子孫三代で百人一首に入っていることで有名です。

あと、何日か前に書きましたが、百人一首を学者でなくとも適当にいじくって遊ぶ元祖格が市川蝦蔵です。市川家(=成田屋)の成田山か、成田山の市川家か、ま、このあたりは不可分なわけで、さっき電気屋のテレビのワイドショーで12月30日に謹慎中の海老蔵がお忍びで成田山にお参り行ったってやってました。

とりとめなくなってしまいました。

最後に当、百人一首構造研の出版物より、ニ、三、上記関連箇所をピックアッフ。



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百人一首の新考察―定家の撰歌意識を探る (SEKAISHISO SEMINAR)

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田辺聖子の小倉百人一首 (角川文庫)

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【以上『百人一首配列考 七七はまにまに』より(52~55ページ】
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花院堂ぶぶ

Author:花院堂ぶぶ
百人一首構造研の代表をしています。

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